信じるかはあなた次第?ウィッカの神々さまざまなところからやってきた

ウィッカは宗教的に寛容ですが、無信心ではありません。どのグループでも、ウィッカは信仰する神を特定しません。むしろ宗教に宿る霊性がウィッカの心だと言います。霊的であることで本当の魔術の深みに到達します。

そんなウィッカンたちがどのように神々とつきあい、どのような神々がいるのかを調べてみました。彼らの考えをまとめると、インド・中国や東洋的な神観と西洋の民俗神とを折衷したように思えてきます。

ただ一つ存在するのはすべての源であって、すべての源のさまざまな側面をすべての神々がそれぞれに代表しているとします。ですから存在のすべての現象とモノはすべての源の諸相です。東洋思想の混元を意味しているかのようです。

ウィッカンたちはむしろ一神教に対して反対します。それは大切なのは礼拝することだからだと言います。生活と行為とすべての意識とを神的存在に捧げるのが、ウィッカに限らず最初の実践すべきルールです。それが唯一で現実的な幸福への道です。

そのためも受肉する神的存在を関知できなければ、先に進めないでしょう。どの神であっても、その神々と人生をともにすることになります。現実世界にともに生活する神々を関知するための練習が変容的霊的実践です。

それでは、これらの神々を信じる人たちはウィッカのグループならどこでもいるはずというくらいメジャーな神々から代表的な神を紹介することで、彼らの神観を見ることにしましょう。

ヴィーナスなどの神と女神は知らない人はいないかもしれません。愛と美の女神といえばあまりにも有名な女神ヴィーナスですが、ヴィーナスはローマのアフロディーテです。彼女はもともとは園芸と豊穣に結びつけられていました。

後になって女神アフロディーテの属性を引き継ぐことになりました。彼女の神殿は多くの信者を集めた都市ラビニウムに建設され、多くの伝説に取り入れられ、戦争や幸運の神とされました。アフロディーテと同様にビィーナスも人間や人格神たちと関係を持ったとされます。

また狩りの神であるハーンを挙げましょう。イギリスに伝わる話では、彼はハンターでリチャード二世のお気に入りでした。それで周囲の妬みを買い、偽証によって訴えられて追放に処せられてしまいます。彼は怒りに突き動かされて、樫の木で頸を括ったそうです。

ハーンと同様にアルテミスもギリシアでは狩りの神です。アルテミスは狩りだけではなく出産の神です。狩人アルテミスは弓と矢立に一杯の矢を持っていますが、彼女は狩人であるとともに森とその中に生きる幼い生物たちの守護者であるのは皮肉です。彼女は貞潔の女神であり、それを軽々しく扱う者には怒りを向けるそうです。

ギリシアの神がローマに採用されて名前が変化し、イギリスの神がギリシャでも存在して、属性も変化します。神々を明確に区別してどの神が重要かを決めるのは無意味に見えます?

北欧のいたずらと混沌の神ロキも有名です。友人と上手くいかなくなったり、物事のバランスが失われたとき、ノルウェーのいたずら神ロキを探すべきです。ロキは見た目や形を好きに変え、動物の姿になったり、聖別を変化させます。彼は単に楽しみのために他人の問題に干渉したりします。

収穫時期の地母神デメテールが季節の特徴と結びつけられて記憶されています。デメテールはギリシアの、穀類と収穫の女神です。彼女の娘ペルセフォンは死の神ハデスに見初められ誘拐されます。彼女の怒りは地上の穀類をだめにしてしまい、栽培できなくなりました。

彼女は後に娘を取り戻したが、娘は冥界のザクロの種6粒を食べていました。秋分に秋が始まり、春分に再び生命活動が始まることの由来とされています。